被告人の健康状態を考慮して再度の執行猶予を認めた無免許運転の事案

2016年1月30日

社会の片隅の,メディアに報道されることもない事件。

そのような事件の中にも,興味深い裁判例が存在します。

ここでは,私の事件簿の中から,いくつかの裁判例を紹介します。

 

【刑事事件】

被告人の健康状態を考慮して再度の執行猶予を認めた無免許運転の事案

 

【ポイント】

量刑の判断において,被告人の健康状態を考慮できるか

(参考裁判例)

前橋地裁平成22年2月12日判決 傷害致死罪・懲役3年

「被告人は,(中略)短ければ3ヶ月,長ければ2年の余命であるとの診断を受けている。

しかし,刑の重さは被告人の行った行為の責任に基づいて決めるのが原則であり,

被告人の余命や健康状態によって刑の重さを大きく変えることは公平とはいえない。」

 

【本件事案】

≪検察官の主張≫

・受刑中であっても治療を受けることは可能

・被告人の担当医によれば,数か月間の収監には耐えうる

・疾患を理由として再度の執行猶予という恩恵を与えることは相当でない

 

≪弁護人の主張≫

・被告人は余命いくばくもなく,

懲役刑の実刑を選択すると「過剰な刑罰」になってしまう

・被告人は事件後1年以上経過してから起訴されており,

遅れた起訴で懲役刑の実刑を科すことは正義に反する

 

≪裁判所の判断≫

千葉地裁管内平成26年11月判決

道路交通法違反(無免許運転)・懲役5月執行猶予3年保護観察付

「…被告人は本件犯行後1年以上経過してから在宅で起訴されており,

(中略)肝細胞癌を発症したことが3年前に明らかになり,

(中略)平成26年8月時点において,

ステージⅣの余命半年程度であるとの診断が下されている

(中略)被告人のこれまでの前科及び本件事案の動機及び態様に鑑みると,

懲役刑を選択して実刑を課すことも考えられないではないが,

被告人は高齢で病状及び体調が悪化して余命幾ばくもないから,

現時点で懲役刑の実刑を課したとしても,

実際に収監して前刑と併せて服役させるのは困難ないし不相当であるばかりか,

収監しても服役中に死亡するという酷な事態になりかねないものであること,

(中略)などの諸事情を併せて考慮すると,

今後公的監督を受けつつ社会内において更生を見守るのが相当である」

 

【弁護人のコメント】

・裁判所としては,懲役刑の実刑判決を下し,

検察官が判決後に「刑の執行停止」をするか否かに任せるという考え方もあり得た(刑訴法482条)。

・しかし,本判決は,懲役刑の実刑は「酷な事態になりかねない」と指摘し,

懲役刑の実刑の選択が,均衡を失した「過剰な刑罰」になる点を考慮して,再度の執行猶予の判断をしたと思われる。

 

弁護士 遠藤直也

 

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